中国マフィアと中国共産党:インフォーマルなネットワークはいかに党・国家統治を支えるか(前編)
バンバンのコンパウンドが示したもの
2024年、フィリピンのタルラック州バンバンでバオフー土地開発施設が摘発を受けた。コンパウンドは市庁舎の近くにあった。捜査当局は多数の外国人労働者を発見し、詐欺、拘禁、人身売買との関連を調べた。その後の報道は、若い市長アリス・グオが関連会社の社長を務めていたと伝えた。事件は単なる地方腐敗を超え、中国語圏のオンライン詐欺、POGO、地下送金、偽装身分、国家関与への疑念を一つの線で結びつけた。
グオは2022年にバンバン市長に当選した。公的なプロフィールでは、市初の女性市長であり、地域開発を掲げる若いビジネス志向の政治家として現れた。医療支援や移動型の行政サービスによる改善を強調し、バンバンは地方統治の評価でも表彰を受けた。グオ自身も急速に可視化された。アリス・グオに関する公開情報が示した最初の像は、少なくとも表面上は国家機関の工作員ではなく、地方政治に入ってきた新興のビジネス政治家だった。
その公的顔の背後にあった問題がPOGOである。POGOはフィリピン国外の顧客を対象とするオフショアのオンライン賭博(Philippine Offshore Gaming Operators)を指す。近年は中国語圏の詐欺、人身売買、地下送金、資金洗浄の温床として国際問題化した。バンバン摘発については、The Guardianが、多数の労働者が見つかり、詐欺や人身売買との関連が捜査されたと報じた。フィリピンの報道もグオとバオフー土地開発の関係を確認し、Philstarはオンブズマンの決定を報じ、グオが実質的に社長の地位にあったと述べた。
同時に、中国籍の疑念や出生記録の不整合も浮上した。上院ではグオが「中国のスパイ」だという疑いが大きな政治問題になった。ただし順序に注意が必要である。公開情報でまず見える中核は、中国政府の直接浸透ではない。POGOを中心とする犯罪経済の構造であり、地域利害、人身売買、偽装身分、地下資金である。国家関与の疑念は、その延長として現れた。
この順序は重要である。アリス・グオ事件を「中国共産党が最初から市長を送り込んだ」と単純化すると見誤る。より不気味な構造は別にある。犯罪経済が先に地域へ入り、土地、会社、雇用、行政サービス、政治資金、人的関係を通じて地域政治と結びつく。その後になって中国国家への経路が見えてくる。国家が最初から全てを設計する必要はない。既存の犯罪経済と中国系ネットワークが地域に根付けば、その上に国家利益が後から乗るのである。
アルカディアにおける逆のパターン
対照例はカリフォルニア州アルカディアのエイリーン・ワンである。アルカディアはロサンゼルス近郊の比較的裕福な住宅都市で、中国人コミュニティが大きい。ワンは中国生まれで、その後米国に移住した。2022年に市議会議員に当選し、輪番制により2026年に市長を務めた。エイリーン・ワンに関する公開情報は、コミュニティ政治に入った中国出身の地方政治家として彼女を示す。
ワンの事件の中核は地下経済ではない。米司法省によれば、彼女は市議就任前、中国政府当局者の指示を受け、中国語サイト「U.S. News Center」を通じて中国政府寄りの宣伝を拡散した。新疆を擁護する記事も含まれていた。法的争点は、外国政府のための活動について米政府への登録を行わなかった点である。米司法省は18 U.S.C. §951に基づく無登録の外国代理人行為の訴追を公表した。ロイターも、ロサンゼルス圏の市長が中国の宣伝工作員としての罪を認める見通しだと報じた。
ワンはグオと逆方向から入ってくる。グオは犯罪経済と地域利害が先で、国家とのつながりへの疑念が後だった。ワンは中国政府に整合する意見形成とコミュニティ影響が先で、その人物が地域行政に入った。前者は犯罪経済から国家疑念へ、後者はコミュニティ影響から国家問題へ動く。
それでもワンの事件は冷戦スパイ映画には似ていない。軍事機密や情報機関への浸入を問われたのではない。舞台は中国語メディア、中国人コミュニティの人的ネットワーク、地域政治、地域団体である。これが現代の影響工作の特徴である。国家は単独で動かない。既存のメディア、郷友会、商業関係、地域名士、地方選挙の回路を用いる。
2人の市長が示す同じ構造
並べて見ると、似た言葉遣いの裏で両者の構造は異なる。「中国のエージェント疑惑」という見出しはグオとワンを同列に置く。しかし要点を外す。グオはPOGO、詐欺、人身売買、地下送金、地域利害を通じて犯罪経済が地域政治に浸透した事例としてまず分析すべきである。ワンは中国政府寄りの宣伝、外国代理人登録、中文メディア、地域政治が絡む影響工作として分析すべきである。
それでも終着点は同じだ。中国人コミュニティ、地域政治、オンラインメディア、地下金融、犯罪経済、人的関係、地域エリートのネットワークが、国家影響のインフラになりうる。現代の作戦は国家機関の内部だけで完結しない。一般のビジネス、移民コミュニティ、地域政治、文化団体、メディア、送金ルート、互助の仕組みに入っていく。
この構造を理解するには、「中国共産党がマフィアを全面統制している」という単線的説明を離れる必要がある。より正確には、国家、統一戦線、華僑団体、地下金融、組織犯罪は完全に分離していない。必要に応じて互いを利用できる配置になっている。犯罪組織は金、保護、合法化の余地を求める。党・国家は影響力、情報、資金移動、コミュニティ統制、反体制派への圧力を求める。目的は完全一致しないが、特定の点で重なる。
その重なりの代表例がマカオの尹國駒(ブロークン・トゥース)である。2020年、米財務省は彼を14K三合会の主要幹部と認定し、麻薬取引、違法賭博、恐喝、人身売買に関与する組織犯罪者として制裁した。同時に、彼の洪門関連組織が「一帯一路」や「中国の夢」といった言葉を用い、違法行為を「愛国」や「文化交流」と装っていたと述べた。米財務省の公表は、犯罪経済と政治言語の重なりを示す。
要点は、犯罪組織が単に中国国家に服従するのではないということだ。犯罪側は「愛国」「一帯一路」「台湾統一」「華僑文化」といった政治語彙をまとい、自らの活動を合法化・正当化しようとする。Jamestown Foundationも、洪門系団体は秘密結社や互助組織としての歴史を持ちながら、現在は統一戦線活動と交差し、三合会系の犯罪ネットワークとの境界を曖昧にしていると論じる。
同じ曖昧さはパラオでも見られた。OCCRPは、ブロークン・トゥース周辺の人々と企業が、違法オンライン賭博、観光開発、不動産、暗号資産、警備事業を通じて太平洋の島嶼国家に入っていく構図を報じた。元パラオ金融当局者は、こうした中国人実業家や組織犯罪関係者が中国国家の知り得ないところで動いているとは考えにくいとして、北京が黙認しているのか、背後から支援しているのかという問題提起を行った。
欧州でも類似の報告がある。ProPublicaは、イタリア、スペイン、フランスなどで中国マフィアが中国人コミュニティの一部を支配し、地下金融、密輸、脱税、資金洗浄に関与し、同時に華人団体や文化団体の指導者が統一戦線工作部と接点を持つ事例を調査した。西側の治安当局の見方では、これらの組織犯罪は、在外中国人コミュニティの監視、反体制派への圧力、政治介入、資金移動で北京を利する。中国側は捜査協力を拒むか、事実上の保護を与える場合がある。
台湾では、この構図はいっそう政治色を強める。Global Taiwan Instituteは、台湾の組織犯罪が統一戦線に利用されうる理由を、利潤、メンツ、中国側での逃避期待に置く。台湾の犯罪組織は必ずしもイデオロギーで動かない。しかし中国共産党にとっては、草の根社会、宗教団体、地域コミュニティへの便宜な導管となりうる。国家機関ではないため、政治工作への関与は否認余地も残す。
統一戦線は組織名だけでなく、接続の技術である
統一戦線工作部を単なる宣伝機関とみなすのは実態を誤る。カナダ政府系の資料も、同部門が在外中国人、宗教団体、研究者、実業家、政治家、文化団体との関係構築に関与していると説明する。カナダ政府の分析は、国家が正式な制度の外側にある影響力を体系的に取り込む手順を示す。
この意味で、統一戦線は部門名以上のものだ。接続の技術である。華僑団体、商工会、宗教組織、文化交流、郷友会、地域名士、地下金融、場合によっては組織犯罪を、中国国家の影響圏に再接続する。西側の国家観では、合法と違法、公と私、政治と犯罪は比較的明確に分かれる。中国共産党の対外影響は、その境界線上で作動することが多い。
このため、アリス・グオとエイリーン・ワンは異常な二例ではない。グオはPOGOという犯罪経済が地域政治に入り、中国語圏の地下資金と人的ネットワークが背後に広がる様相を示した。ワンは中国政府寄りの宣伝が中国語メディアと地域政治を通じて地域行政に接続する過程を示した。入口は逆だが、出口は同じである。既存のネットワークが国家影響の足場になる。
それでも「中国共産党=三合会」と断ずるのは誤りである。中国政府は国内で反腐敗や組織犯罪の取り締まり、地域の腐敗捜査も行ってきた。例えば、ロイターは中国東方航空の元会長の収賄起訴を報じた。中国国家は制御不能な犯罪組織を破壊もする。問題は選択的統制である。管理可能で国家利益に有用なネットワークは、容認・利用・政治的取り込みの対象になりうる。
前編の結論
本稿のパターンは単純な陰謀論ではない。中国共産党が全ての犯罪組織に命令を出す物語でもない。むしろ国家は全てを完全統制していない点に複雑さがある。犯罪経済は利潤を求め、華僑団体は地位と保護を求め、地方政治家は票と資金を求め、メディアは読者と影響力を求める。国家利益がそれらの動機と重なるとき、統一戦線、地下金融、地域政治、文化交流、オンライン賭博、郷友ネットワークが一つの影響エコシステムを形成する。
同じ構図をめぐる報告と警鐘は、香港、台湾、東南アジア、太平洋、欧州、北米、日本の沖縄周辺で増えている。香港については、国家基本問題研究所(Japan Forum for Strategic Studies)が三合会と市民弾圧の問題を論じ、IP Defense Forumは検証が難しい記述を含む随筆として引用されてきた。本稿は確認可能な資料を中心に据える。洪門については、Washington Postも、犯罪と愛国レトリックの混交を報じている。
日本周辺では、台湾の竹聯幇、張安楽、中国統一促進党、沖縄の旭琉會をめぐる接触や警鐘が報じられてきた。琉球新報は2022年、沖縄の指定暴力団や台湾マフィア、中国の影響工作への懸念を安全保障の文脈で報じた。張安楽に関する公開情報は、彼が台湾の組織犯罪と親中政治活動の交点にいることを示す。最近の報道は、中国マフィアと沖縄の暴力団の関係や張安楽と沖縄問題も扱っている。ただし、沖縄の通常の市民運動や県政と犯罪組織の直接的な結びつきを示す公的証拠は確認されていない。この区別は不可欠である。警察白書は国際的な薬物・銃器密輸を長年警告しており、FNNプライムオンラインは、宗教、地下銀行、カジノ、組織犯罪を通じた浸透に関する台湾の国家安全当局の警告を報じた。これらも同じグレーゾーン問題に属する。
アリス・グオとエイリーン・ワンという2つの市長事例は、抽象的な「中国脅威論」を示すものではない。地域政治、中国人コミュニティ、メディア、地下資金、犯罪経済、愛国レトリックが同一ネットワーク上で重なれば、国家影響は公式外交や情報機関を経ずに地域社会へ入ってくることを示す。前編の結論はここにある。現代の党・国家統治を支えるインフォーマルな力とは、国家の外側に見えるものを、必要なときだけ国家の内側へつなぎ直す能力である。