アフターホルムズの産業構造(後編)
3月の発表が示した時間稼ぎ
2026年3月11日、ワシントンの米国エネルギー省が示した数字は対応の性格を物語っていた。IEA加盟32か国の協調放出の一環として、米国は戦略石油備蓄から172百万バレルを約120日かけて放出すると発表した。これは国内対策にとどまらない。市場に原油を押し出し、同盟国の調達時間を延ばし、ホルムズ海峡の混乱が世界市場に波及する速度を落とした。
本稿後半の中心点は、各政府がホルムズ海峡を完全に代替する新たな一本の経路を見つけていないという事実である。実際に進んでいるのは、備蓄放出、輸送の迂回、調達の多角化、燃料節約、製油所の運転調整、そしてバイオ燃料・原子力・再生可能エネルギーへのシフトを束ねた危機管理である。完成した代替物を持っているのではない。時間、経路、用途を再配分しているのである。
IEAは備蓄と需要抑制を束ねた
IEAは国際対応の中心に立つ。現在の中東危機に対応し、供給増、燃料転換、需要抑制、消費者支援に関する各国の措置を整理した「2026エネルギー危機政策対応トラッカー」を公表した。さらに、加盟国史上最大の緊急石油備蓄放出を調整し、危機対応の第一段階が備蓄で時間を買うことだと明示した(IEA)。
ただし備蓄放出は供給能力そのものを増やさない。ロイターによれば、IEA協調の規模は4億バレルで、市場に日量約250万〜300万バレルを上乗せする一方、ホルムズが完全再開しない限り不十分との懸念が残る(ロイター)。解決策ではない。猶予期間の確保である。
この枠組みの中で、各国は同じ方向を向きつつ事情に応じた手段を選ぶ。輸入国は備蓄と代替調達を組み合わせる。欧州は域内市場の維持と需要抑制を重視する。米国は市場流動性の手段として備蓄を使う。産油国は輸出経路と国内燃料配分の双方に圧力を受ける。
日本は備蓄を使いながら調達先を動かした
日本の対応は制度的に特徴的である。資源エネルギー庁は、2026年2月時点で約8か月分の石油備蓄を保有し、国家備蓄・民間備蓄・産油国との共同備蓄の三本柱で構成すると説明する。LNGについては、3月1日時点で電力・ガス各社が400万トン弱を保有し、ホルムズ経由のLNG輸入のほぼ1年分に相当するとする(資源エネルギー庁)。
4月15日、経済産業省は国家石油備蓄の第2弾放出を決定した。規模は約20日分。同時に、民間備蓄義務日数の15日短縮(70日→55日)を維持した。ホルムズを通らない経路での代替調達を最大化し、5月には前年実績の半分超の代替供給を確保する見通しも示した(経済産業省)。
その後の資源エネルギー庁資料では、5月の代替調達比率が当初想定の40%を上回り約60%に達し、6月には70%以上への道筋が示された。5月時点で国家備蓄の第3弾放出は行わない方針も示された(資源エネルギー庁)。
日本の計画は、短期は国家備蓄放出と民間義務緩和で国内に供給を流し、中期は米国、ラテンアメリカ、アラスカ、サハリンからホルムズを通らない原油を増やす構えである。ロイターは、日本の製油各社が米国産を主な代替候補と見つつ、メキシコ、エクアドル、ベネズエラ、アラスカ、サハリン2も検討していると報じた(ロイター)。重要なのは、代替が単一ソースでの置き換えではない点である。精製可能な原油グレードと輸送経路を増やす作業である。
米国は備蓄を市場への貸し出し装置にした
米国の対応は輸入代替よりも国際市場への流動性供給の性格が強い。3月11日、エネルギー省はIEA加盟32か国の4億バレル協調放出の一環として、SPRから172百万バレルを約120日で放出すると発表した(米国エネルギー省)。
特徴は単純な売却ではない点にある。貸与に近い交換スキーム(ローン型の仕組み)を使う。3月13日、最初の8,600万バレルの募集を実施し、企業が借りた原油を後日、上乗せバレルで返すと説明した。短期に市場へ原油を供給し、長期にSPRを厚くする設計である(米国エネルギー省)。
ロイターによれば、5月時点で米国はエクソンモービル、トラフィグラ、マラソン・ペトロリアムなどに合計5,330万バレルを貸し出す計画だった(ロイター)。SPRは緊急倉庫であると同時に、同盟支援と市場安定のための金融化された原油装置として使われている。
EUは域内市場を壊さないことを最優先にした
EUの対応は、備蓄放出に加えて域内市場の維持を重視する。3月31日、欧州委員会はホルムズ閉鎖と中東の変動を受け、石油・石油製品供給を確保するため加盟国に早期かつ協調的な準備を呼びかけた。EU加盟国はIEAの4億バレル協調放出の約2割を担う見通しである(欧州委員会)。
EUの特徴は需要サイドへの目配りだ。欧州委員会は、特に運輸での自主的な燃料節約を促し、燃料消費を増やす政策、EU域内の石油製品の自由な流通を妨げる措置、製油所の操業を損なう施策を避けるよう求めた。非緊急の定修延期や、バイオ燃料の活用拡大で化石由来製品への圧力を緩める選択肢も示された(欧州委員会)。
航空燃料は個別に扱われた。5月7日の石油コーディネーショングループ会合で、EUは当時点で全域的な燃料不足は生じていないが、ホルムズ関連の供給途絶が続けば数週間内に地域的な制約が起こり得ると述べた。空港発着枠や燃料種に関する規制の柔軟化も議論された(欧州委員会)。EUの方針は、備蓄、節約、域内流通、製油所運用、バイオ燃料、航空燃料の優先管理を同時に扱う配分政策である。
韓国は契約・節約・電源を同時に動かした
韓国にとってホルムズ依存は日本以上に差し迫った問題として現れる。ロイターによれば、韓国はホルムズを通らない経路で2億7,300万バレルの原油と210万トンのナフサを確保した。内訳は、サウジが4〜5月に紅海側港から出荷した5,000万バレル、年末まで優先供給される2億バレル、カザフスタンから1,800万バレル、オマーンからの500万バレルとナフサ160万トンである(ロイター)。
韓国は同時に需要抑制にも入った。ロイターは、李在明大統領がシャワー時間短縮、自家用車利用抑制、家電使用調整など12の省エネ措置を呼びかけ、公共部門にも自家用車利用の制限を求めたと報じた。さらに、5基の原発再稼働、石炭火力の制限緩和、再生可能エネルギーの拡大でLNG依存を下げる方針も示した(ロイター)。
5月には、日韓両首脳がLNG・原油の供給、備蓄、相互支援で協力強化に合意した(ロイター)。韓国の対応は、代替契約、近隣協力、備蓄、省エネ、原子力、石炭、再生可能エネルギーを同時に動かす総動員型である。
インドは船の帰還とLPGを優先した
インドの問題は燃料量だけではない。船の安全な帰還が政策課題になった。ロイターによれば、インド政府はホルムズの西側に取り残されたインド船籍・インド所有の船舶の安全な帰還を優先し、状況が改善するまで新規積み込みには慎重な姿勢を取った。インドは原油の4割超、LPGの9割をホルムズ経由で中東から輸入しており、家庭用燃料であるLPGの制約は特に重い(ロイター)。
インドはロシア、アフリカ、ラテンアメリカからの代替調達も検討しているとされる。アジアの対応を総括したロイター記事は、インドが中東以外の調達拡大を迫られる一方、インドネシアはアフリカとラテンアメリカに目を向け、年末までにロシアから1億5,000万バレルを購入する計画を示したと報じた(ロイター)。
海上保険や護衛の手当てもインドには重要である。Urja Suraksha作戦という海軍護衛作戦名が検索結果に現れるが、一次資料で確認されるまで確定的な政策事実として扱うべきではない。確認できるのは、政府が船の帰還と新規積み込み再開の条件を管理している点である。
中国は対応を表に出さず在庫を厚くした
中国の対応は、日本やEUのような透明な備蓄放出ではなく、輸入、製油所稼働、燃料輸出、在庫の国家的な調整として表れる。ロイターの分析によれば、2026年4月の原油輸入は前年比で2割減ったが、製油処理量も大きく落ちたため、日量約43万バレルの余剰が在庫に積み上がった可能性がある。1〜4月の累計では日量116万バレルの余剰と推定され、戦略・商業在庫への積み増しが続いている(ロイター)。
中国は、危機緩和のために原油を放出するよりも、国内の物理的在庫を厚くする方向に動いている。公的資料で政策名を掲げて示された対応ではない。輸入量と製油所稼働の調整で持久力を積み上げる対応である。
産油国もホルムズ外に動かそうとしている
産油国にとって代替は輸入国とは逆の問いになる。いかに売るかである。サウジは東部油田から紅海のヤンブー港へ抜けるイースト・ウエスト・パイプラインを強調し、UAEはフジャイラへのパイプラインを使う。ただし、いずれもホルムズの規模を完全には代替しない。
UAEはさらに踏み込んだ。ロイターによれば、ADNOCの最高経営責任者は、ホルムズを迂回する新たな原油パイプラインを建設中で、2027年の稼働を目標とし、すでに5割が完成していると述べた。新パイプラインはフジャイラ経由の輸出能力を倍増させる設計である(ロイター)。
サウジは輸出だけでなく国内制約にも直面する。ロイターは、ホルムズの混乱に伴う生産停止と随伴ガスの減少により、今夏の電力と脱塩向けに国内で重油や原油の燃焼が増える見通しだと報じた(ロイター)。産油国であっても、輸出、発電、造水、随伴ガスの間の配分問題から自由ではない。
イラクでは、トルコと地中海に抜けるキルクーク—ジェイハン・パイプライン経由の輸出再開に関心が向かった。ただし、政治・治安・クルド地域の調整を要し、南部バスラからの輸出を完全には代替しない(RSIS)。
これは代替ではなく、時間・経路・用途の再配分である
各国の対応を横に並べると共通の型が見える。IEAは備蓄放出と需要抑制を束ねる。日本は国家備蓄と民間義務で時間を買い、調達を米州、アラスカ、サハリンへ広げる。米国はSPRを貸し出し装置として使う。EUは域内流通、節約、製油所運用、バイオ燃料、航空燃料管理を組み合わせる。韓国は代替契約、省エネ、原子力、石炭、再生可能エネルギーを同時に動かす。インドは船の帰還とLPG制約を優先する。中国は在庫を厚くする。サウジ、UAE、イラクはバイパス管と国内燃料配分に直面する。
ホルムズ海峡を完全に置き換える単一の政策は存在しない。各政府が実際に行っているのは、備蓄で時間を買い、船と原油をより長い経路に送り、調達先と原料油を多様化し、燃料需要を抑え、重要用途を優先し、石油とLNGへの長期依存を減らすことだ。
今後見るべき指標は原油価格に限られない。残存備蓄日数、代替調達比率、タンカー保険料、紅海・喜望峰航路の運賃、航空燃料在庫、ナフサ価格、LNGスポット価格、延期された製油所定修、バイオ燃料混合率、政府の需要抑制策が重要である。ポスト・ホルムズの政策は、一つの咽喉部を別の咽喉部で置き換えることではない。国家が市場の内部に持続の余白を埋め戻す作業である。
